おおさかの「モノ」
Vol.03

大阪発!世界ブランド

海外からの高い信頼を集めるメイド・イン・ジャパン。
その製品やアイデアは、世界各国で活躍しています。
今回は、そんな世界で活躍するメイド・イン・ジャパンから大阪発の製品をご紹介します。
皆さんの身近なあの商品も大阪生まれなんですよ。

「すぐおいしい、すごくおいしい」は、
創業者の熱い想いから始まった。

現在のチキンラーメン 日清食品の創業者である安藤百福は、「もっと手軽にラーメンを食べられないものだろうか。」という想いから、世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」の開発に着手しました。麺について全くの素人だった安藤百福は、朝の5時から夜中の2時を回る頃まで約1年間、大阪府池田市の自宅の裏庭に建てた研究小屋にこもり、1日も休まずに研究・開発に取り掛かりました。様々なアイデアを思いついては試してみるが、納得できるものが完成しない試行錯誤の毎日。

しかし、夫人が揚げる天ぷらを見て、一つのアイデアがひらめきます。「材料を熱い油で揚げると水分が蒸発してコロモに無数の穴があく・・・めんも同じでは?」こうして編み出した「瞬間油熱乾燥法」は、課題であった長期保存を可能とし、インスタントラーメンの基本的な製法特許となりました。1958年8月に発売された「チキンラーメン」は、お湯をかけるだけで食べられることから、「魔法のラーメン」と呼ばれ大ヒットしました。

現在のカップラーメン この天ぷらをヒントに誕生した「チキンラーメン」は、その後とあることをきっかけに「カップヌードル」の発明のヒントに繋がります。安藤百福が初めてアメリカのスーパーに「チキンラーメン」を売り込みにいったときのことです。現地のバイヤーに「チキンラーメン」の試食をすすめると、彼らは紙コップに割って入れ、お湯を注ぎ、フォークで食べ始めたのです。
安藤百福は、「欧米人はハシとどんぶりで食事をしないのか!」と改めて気が付きました。

しかし、この気づきこそ、世界初のカップめん「カップヌードル」発明の重要なヒントとなりました。それから日本に戻った安藤百福は、早速「カップヌードル」の開発に取り組みます。そして、開発から5年の歳月を経た1971年に満を持して発売。翌年、浅間山荘事件で機動隊員が湯気の上がる「カップヌードル」をすする様子がテレビ中継されたことをきっかけに、瞬く間に全国に広まりました。

現在では世界80以上の国と地域で発売され、2015年には海外での販売比率が7割になるなど、“日本を代表するグローバルブランド”に成長しています。

発売当時のカップヌードル
発売当時のカップヌードル
発売当時のチキンラーメン
発売当時のチキンラーメン

世界基準となった
オルファのカッターナイフ

オルファのカッターナイフ 小学生の図工の時間やオフィスでの事務作業まで、手軽に紙を切る道具としてなくてはならないカッターナイフも大阪から生まれたモノの一つです。カッターナイフが発明される前までは、紙を切る道具としてナイフやカミソリの刃などが使用されていました。
しかし、当時の日本製のナイフはすぐに切れ味が悪くなるほか、カミソリの刃を頻繁に使い捨てるのはもったいない。と不便に感じていました。

そんな中、発明好きで手先の器用な岡田良男が、ガラスの破片で靴の修理をしていた職人の姿と戦後進駐軍からもらった板チョコから、ポキポキと折ることのできる刃物の開発に着手。試行錯誤の末、1956年に世界で初めての折る刃式カッターナイフの開発に成功しました。その後、岡田良男は岡田工業株式会社を創業。1984年に社名を『オルファ株式会社』に変更。オルファのブランドの由来、皆さんならもうお分かりですよね?そうです、「折る刃」から来ているんです。オルファの替刃は、サイズ、厚み、折れ線の角度などカッターナイフの世界基準となっています。世界100カ国以上の国で愛用される世界ブランドになりました。

創案者 岡田 良男
創案者:岡田 良男
発明のもととなったアイディア
発明のもととなったアイディア
折る刃式カッターナイフ 第一号
折る刃式カッターナイフ 第一号

いかがだったでしょうか?大阪発の世界ブランド。
今回ご紹介したモノ以外にもたくさんの大阪生まれの製品が世界で活躍しています。
クオリティとともに安全性の高い製品たち。
次の世界基準を生み出すのは、皆さんかもしれませんね。

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